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フェルッチョ・ベンヴェヌート・ブゾーニ
Ferruccio Benvenuto Busoni

1866~1924 イタリア人 ドイツに没す 近代 作曲家

フィレンツェの近郊にクラリネット奏者を父に、ピアニストを母に生まれたブゾーニは両親の手ほどきでピアノを始め、7歳でコンサートを開いた。10歳のときにはウイーンで初めての国外コンサートを開き、12歳で自作の6曲から成る「スターバト マーテル」(宗教曲)の指揮をするなどブゾーニは天才ぶりを発揮した。また、その頃、作曲した「5つのピアノ曲 Op.3」は出版され、1881年には15歳でボローニャのアカデミア・フィラルモニカの会員に選ばれて83年に自作のオラトリオを初演するなど、若いブゾーニは音楽家としての名声を築いた。その後、ウイーンに移住しブラームスと出会い、ライプチッヒに越してからはチャイコフスキーグリーグシンディング、マーラーらと知己になる。ブゾーニは88年にバッハの「フーガ ニ長調 BWV532」の編曲を発表し、今日"ブゾーニ版"で知られるバッハのクラヴィア曲の校訂版に着手し、世の論議を呼んだ。その後はヘルシンキ音楽院の教授に就任し、90年にはモスクワ音楽院教授を依頼されたが、アメリカでの演奏活動を希望したため、この申し出は断わり、91~94年はボストン、ニューヨークで活躍した。94年からはベルリンに住み、第1次世界大戦の間、スイスに住んだ以外は他界するまでベルリンに定住した。彼はヨーロッパで当時の新人作曲家だったバルトーク、デリウス、シベリウスらの作品や、自作の世界初演、およびドビュッシーフォーレフランク、ダンディーらのドイツ初演を行なっている。ブゾーニの作品にはオペラ、宗教曲、交響詩、協奏曲、ピアノ曲など多数あるが、今日まで彼の名が残っているのはバッハのピアノ校訂版"ブゾーニ版"によるものだろう。


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# 曲名 レベル 試聴
1 ソナチネ 第1番 上級1
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