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アントン・フランツ・ヨゼフ・エベール
Anton Franz Joseph Eberl

1765~1807 オーストリア人 古典期 作曲家 ピアニスト

エベールは幼少より音楽の才能を発揮し、8歳の頃には人前でピアノを演奏していた。エベールは最初、父親の意志で法律を学んだが、家が倒産し、法律の勉強を続ける学費に困るようになると、父親は音楽の道を選ぶことをすすめた。1784年にエベールはウィーンで公の演奏会を開き、その3年後にはオペラを書いている。彼の師はモーツァルトと推察されているが、88年にエベールの作品の中のあるものがモーツァルトの名前で出版され始め、エベールは1798年と1805年にこの間違いを訂正するように公文を発表した。1795~96年はドイツ各地を演奏して歩き、自作の「2台のピアノのための曲」をコンスタンツェ・モーツァルト(モーツァルト夫人)と演奏し、1806年にはベルリンで同じ曲を若いマイヤベーヤと演奏している。また、その間、エベールはロシヤのペテルブルクで貴族の楽師長を務め、01年には同地でハイドンの「天地創造」の指揮をして大成功を収めた。ウィーンに戻ってからは多くのピアノ曲、器楽曲、歌曲などを書いた。ピアノ曲には7曲の「ソナタ」と、変奏曲、小品があるが、初期の作品にはモーツァルトの影響が見られるものの、後期の作品にはロマン期の兆候がうかがえる。


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# 曲名 レベル 試聴
1 ロンド ハ長調 中級2
再生
volume

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