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レオシュ・ヤナーチェク
Leos Janacek

1854~1928 チェコ人 近代 作曲家

ヤナーチェクは1854年にオーストリア支配下のモラヴィアのフクヴァルディに生まれ、1928年に国名が変わったチェコスロヴァキア(ボヘミア、モラヴィア、スロヴァキアから成る)のオストラヴァに没した。ヤナーチェクはモラヴィア地方を代表する民族楽派の作曲家で、11歳のときにブルノの聖アウグスチノ修道院の聖歌隊員となり、後にプラハ、ライプチヒ、ウィーンの音楽院で学んだ。モラヴィア地方のブルノに定住したヤナーチェクは小学校や師範学校の教員を務めるかたわら合唱の指揮や音楽評論をしたが、1881年にブルノにオルガン学校を設立し、1919年までその校長を務めた。やがて同年にオルガン学校がプラハ音楽院のブルノ分校となり、25年までヤナーチェクは作曲科の教授を務めるなど、生涯の大部分を教育者として過ごした。その間、1881~88年はチェコ・フィルハーモニック・オーケストラの指揮者も務めている。また、彼が教鞭をとっていた小学校の校長F.バルトシュがたまたまモラヴィア民謡と方言の収集家だった影響を受け、民謡を収集し、「モラヴィア民族舞曲集」を書くなど、民族音楽は彼の創作の基礎となっている。作品にはオペラ、管弦楽曲、室内楽曲、ピアノ曲、教会音楽、合唱曲があるが、ヤナーチェクはオペラで知られており、傑作に「女狐ビストロウシュカの物語(ずる賢い女狐の物語で最後に撃ち殺される)」(23年)があるが、モラヴィア方言に基づいた独特の語り(朗唱様式)を基礎にしたオペラで成功している。


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# 曲名 レベル 試聴
1 草陰の小道を通ってより アンダンテ 上級1
再生
volume

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