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YO's ROOM 後藤洋の吹奏楽の部屋

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第2回:まだ間に合う! コンクール自由曲向け新譜特集

そろそろどのバンドもコンクールに向けて本格的な練習に入っている頃ですね。
え? まだ自由曲が決まっていない? でも大丈夫。これからでも間に合います。今回は出版されたばかりの新しい曲の中から、コンクールの自由曲におすすめの作品をご紹介しましょう。練習の成果を託すことのできる1曲がきっと見つかるはずです。

マスタング-西部のスピリット,Mustangs-The Spirit of the West

ラリー・クラーク,Larry Clark Grade 2, 4:15,Carl Fischer

マスタング-西部のスピリット,Mustangs-The Spirit of the West

初級バンドや、1年生部員が多く加わったバンドのコンクール自由曲におすすめの1曲。Mustangはアメリカの野生馬のことで、ワイルドな精神の象徴ですが、この作品を委嘱したフロリダ州ヴァリーコのマルレナン中学校のマスコット・キャラクターでもあります。

タイトルが示すように、アメリカ西部の開拓の精神にインスパイアされた作品で、楽想は明るく率直。急?緩?急の三部構成ですが、初級の曲には珍しく、ゆっくりとした中間部がかなり入念に書かれており、再現部も前半の単純な反復ではなく、大変効果的に構成されています。対照的なふたつの動機が曲全体の構成要素としてうまく活用されているため、非常に緊密なまとまりを感じさせてくれるのがいいですね。

トランペットとフルートが上手なバンドには特におすすめ。サクソフォーン・セクションとホルン以下の金管は1パートずつです。打楽器は6人要求されているものの、4人いれば問題ないでしょう。

スピリット・オブ・イーグル(フレックス編成版),The Spirit of an Eagle

ラリー・クラーク,Larry Clark Grade 2.5,4:00,Carl Fischer

スピリット・オブ・イーグル(フレックス編成版),The Spirit of an Eagle

カール・フィッシャーが今シーズンから本格的にスタートさせた「フレキシブル・バンド Flexible Band」のシリーズに含まれる1曲。このような「フレックス編成」の楽譜については、前回のコラムでご紹介しましたね。ある程度自由に楽器を組み合わせて演奏できるようになっている楽譜で、5つのパートと打楽器で構成されており、オプションでキーボードのパートもあるので、足りない声部の音を補うこともできます。また、金管バンドでの演奏も可能です。

この《スピリット・オブ・イーグル》は、2008年に通常の吹奏楽編成のために作曲された楽譜をフレックス編成に書き直した作品。技術的にはやさしいものの、モダンな和音やシンコペートされたリズムが多用され、コラール風のゆったりとした中間部ではハーモニーの美しさが存分に表現できます。ごく少人数のバンド、編成のアンバランスなバンドのコンクール自由曲としておすすめです。どのパートにどの楽器を割り当てるかによってかなり印象が変わりますから、いろいろ試してみましょう。

プレリュードとパースィート,Prelude and Pursuit

マイケル・スウィーニー,Michael Sweeney Grade 2.5,4:50,Hal Leonard

プレリュードとパースィート,Prelude and Pursuit

ノース・カロライナ州ユニオン・カウンティの中学校選抜バンドのために書かれた作品。この選抜バンドのコーディネーターであるジム・ヒル氏が、ジョン・バーンズ・チャンス(1932-1972)の名作《呪文と踊り》が1960年にノース・カロライナ州のグリーンズボロー高校のバンドで初演された際に打楽器を演奏していた、という因縁があり、そのためスウィーニーはこの新しい作品を、《呪文と踊り》の形式と作曲技法をもとに作ることにしました。ただ、旋律や和声はすべてスウィーニーのオリジナル。また技術的には《呪文と踊り》よりも平易な作品となっています。

曲はクラリネットの低音域のユニゾンによる聖歌風の主題で幕を開け、それが発展したのち、クラベスに導かれる打楽器のアンサンブル(《呪文と踊り》にそっくり!)で「パースィート(追跡)」が始まります。この部分は特定の楽器とトゥッティ、細かい動きとロングトーン、協和音と不協和音といった対照的な要素のコントラストが特徴。最後に冒頭の雰囲気が一瞬回帰し、そして緊張感に溢れた力強い終結となります。

教育的な配慮と音楽的な「冒険」が、また美しい歌と現代的な響きが、バランスよく組み合わされた初級?中級バンド向けの秀作です。打楽器は6?7人必要ですが、バンド全体では25名程度から演奏可能です。

フロム・クリスタルズ・アンド・イーグルス,From Crystals and Eagles

トーマス・ドス,Thomas Doss Grade 3,5:10,Mitropa (De Haske)

フロム・クリスタルズ・アンド・イーグルス,From Crystals and Eagles

オーストリアの作曲家ドスが、オーストリア西部、ティロール(チロル)のバンドの委嘱で作曲したコンサート・ピース。山岳地帯であるティロールの雪と氷に陽光が射すさまを、上空を飛ぶ鷲の気分になって、その視点からあたかも水晶球の中の光景のように眺める、というイメージで書かれた作品で、ユニークなタイトルはそのイメージに由来しています。

マエストーソと指示されたファンファーレ風の序奏に続き、雄大で伸びやかな中音域の旋律を木管とトランペットのリズムが彩る速いテンポの主部、荘厳なコラール風の中間部、と進み、その後はそれまでと逆の順序で再現が行われます。和声や音色はワーグナーやリヒャルト・シュトラウスを連想させるところもあり、いかにもドイツ=オーストリアの音楽という印象。特に、曲全体のおよそ半分を占めるコラールは、ヨーロッパの音楽的伝統の奥深さを感じさせてくれます。

どちらかといえば金管が充実したバンド向き。35人程度から無理のない演奏が可能です。

新たな明日への想い,Reflections on a New Tomorrow

ロバート・シェルドン,Robert Sheldon Grade 3,4:30,Alfred

新たな明日への想い,Reflections on a New Tomorrow

学校での経験をもとに生徒たちが前向きに生きてほしい、との想いをこめて、イリノイ州の高校の1年生バンドのために書かれた作品です。「夢をもってWith Reverie」と指示された序奏はトランペットのソロで始まるものの、このグレードの曲としては木管の音色を生かした部分が多く、金管の負担はそれほど重くはありません。速いテンポの伸びやかな主部では各セクションの音色が立体的に対比され、実に色彩豊か。最後は冒頭のトランペットのテーマがマエストーソで回帰して堂々と終わります。中級レベルの曲としては際立って内容豊かで、しかも趣味のよい作品です。

クラリネット、アルト・サクソフォーン、トランペット、トロンボーンが2パートずつ。打楽器は指定どおりに演奏すると6人。バンド全体では20人ほどから演奏できます。

太陽は巡る,Sun Cycles

ブライアン・バルメイジェス,Brian Balmages Grade 3,4:00,Belwin (Alfred)

太陽は巡る,Sun Cycles

古代エジプトの太陽神ラーをテーマとした作品。太陽が昇り、空を巡り、地底の世界に帰り、そして再び昇るまでのサイクルを描いています。

曲は序奏に相当する「日の出」、エネルギッシュな「空を巡る旅」、静かな祈りの気分の「地底」、そしてコーダに相当し、冒頭の楽想が再現される「復活」の4つの場面から構成されており、それぞれが明快なキャラクターを持ちながら、まさに「サイクル」として大きなひとつの流れの中にまとめられています。その隙のない構成の妙に加え、増2度の音程を含む旋法がもたらすエキゾティックな雰囲気、さまざまな打楽器や金管の各種のミュートによる多彩なサウンドの変化は、いずれも他の多くの初級?中級の吹奏楽曲にはない、この作品を特徴づける大きな魅力と言えるでしょう。やさしい技術でこれだけ色彩豊かな印象をもたらす作品はなかなかありません。すべての楽器の音色がバランスよく生かされていることも注目すべき特徴で、フルート、アルト・サクソフォーン、トロンボーンなどに加え、テナー・サクソフォーンやバス・クラリネットにもソロ的なフレーズがあります。

編成は大きくはないもの、打楽器セクションの規模は大きく、楽譜どおりに演奏するとすれば9人が必要(1年生部員を加えてください)。ダルブーカ(ダラブッケ)やフレーム・ドラムなどの民俗的な楽器も要求されていますが、これらはそれぞれコンガやトムトムで代用可能です。

イアハート:勇気の響き,Earhart: Sounds of Courage

ロバート・W.スミス,Robert W. Smith Grade 3.5,6:40,Barnhouse

イアハート:勇気の響き,Earhart: Sounds of Courage

女性飛行士のパイオニアであり、女性の社会的地位向上運動の活動家でもあった、アメリア・メアリー・イアハート(1897-1937)の「最後のフライト」を描いたスミスの新作。彼女は1937年7月の赤道上世界一周飛行の途中、南太平洋上で消息を断ちましたが、今日でもアメリカでは国民的なヒロインのひとりです。

曲は、イアハートが世界一周飛行で通過したさまざまな地域を音楽によって巡る、というコンセプトで構成されています。フルートのソロに導かれた抒情的な序奏に続くのは、飛行機の離陸と上昇を連想させる華やかでスピード感に溢れた場面。ここで提示されるファンファーレ風のシンコペーション音型は、その後《展覧会の絵》(ムソルグスキー)の『プロムナード』のような、各場面を繋ぐ役割を果たします。そのシンコペーションの動機を挟みながら、中南米、アフリカ、アジアをイメージした場面が続き、最後はイアハートの悲劇的な最期を連想させる不協和音が一瞬響くものの、再び晴れやかな気分が回帰して終わります。

多様な音楽的スタイルがひとつの大きな流れの中で統合された、内容豊富で聴きどころの多い作品です。エスニックな雰囲気の表現を担う打楽器セクションの責任は重要で、マリンバは不可欠。ハープの音色を出すためにシンセサイザーが使われていますが、これはピアノで代用が可能です(本物のハープがあればもちろんそちらをお使いください)。内容の割にそれほど編成は大きくはありません。30人以下で十分効果的な演奏ができます。

チェジュ島の女神,Goddess of Jeju Island

ヤコブ・デ=ハーン,Jacob de Haan Grade 4,9:15,De Haske

チェジュ島の女神,Goddess of Jeju Island

韓国のチェジュ島(済州島)で開催された「チェジュ・インターナショナル・ウィンド・アンサンブル・フェスティバル」の委嘱で作曲された作品。この島を創った「ソルムンデ」と呼ばれる力持ちの女神の伝説にインスピレーションを得ており、音楽的にはチェジュの民謡『ヨンジュ十景』の旋律が素材として用いられています。

曲はソルムンデの大きさと力を表すドラマティックな主題に始まり、続いて打楽器群と低音楽器群が執拗に繰り返すリズムに乗って『ヨンジュ十景』の旋律が力強く奏でられて発展し、クライマックスに達すると、ソルムンデが島を創造する場面となります。シャベルで七回土を掘っては投げたところが韓国の最高峰ハルラ山(漢拏山)になった、という伝説に基づいて、金管の激しい不協和音(木管のメンバーは叫び声で参加)が7回鳴り響き、その後再び民謡の旋律が奏でられ、韓国の伝統音楽に似せた親密な響きの中で『ヨンジュ十景』がソルムンデの主題とひとつになり、激しい舞曲の場面を経て壮大なコーダとなります。

力強さと美しさが、また民俗的な要素とクラシカルな音楽語法がバランスよく統合された、わかりやすくドラマティックな作品。ストーリー性があり、サウンドも華やかなので、多くの聴衆に好まれるのは確実でしょう。民俗的な打楽器などは使用されていないので特別な準備は必要なく、オプションでコーラスが加えられていますが、これも省略できます。

コラム「注目の出版社FJH」

アメリカの出版社FJHは比較的新しい出版社です。創業は1988年。当初はピアノの楽譜を中心に出版し、特にメソード・ブックに力を入れて、その内容は高く評価されていました。10年ほど前に吹奏楽の楽譜の出版も開始し、その際に作曲家のブライアン・バルメイジェスが器楽部門の楽譜出版責任者に就任しています。そして、その内容の高さと行き届いた教育的な配慮によって、急速に全米の音楽教育界の注目を集めるようになりました。

グレード1から5まで、幅広いグレードとスタイルの作品が出版されており、中心を占めている作曲家はバルメイジェス本人のほかにウィリアム・オーウェンス、エリック・モラレス、クリス・シャープなど。最近はベテラン作曲家ロバート・シェルドンも、この出版から作品を出しています。日本にはまだ馴染みの薄い出版社ですが、今後アメリカの吹奏楽界をリードする存在になることは間違いないでしょう。

ところで、社名のFJHって、どういう意味? 実は創業者フランク・J.ハッキンソン氏Frank J. Hackinsonの頭文字なのです。

後藤洋プロフィール

後藤洋プロフィール

山形大学教育学部特別教科(音楽)教員養成課程卒業。東京音楽大学研究科(作曲)、ノース・テキサ ス大学大学院修士課程(作曲および音楽教育)をそれぞれ修了。日本とアメリカの両国において、吹奏 楽と音楽教育の分野を中心に作曲・編曲家として活躍。海外で出版される吹奏楽作品の紹介、また音楽 教育としての吹奏楽の研究においても、日本における第一人者。自身が監修・編曲した『合奏の種』 『合奏の芽』(ブレーン株式会社)は、音楽表現の基礎を楽しく学ぶ新しいアイディアの教則曲集として大 きな反響を呼んだ。

2011年、ウインドアンサンブルのための《ソングズ》により、ABA(アメリカ吹奏楽指導者協会)スーザ /オストワルド賞を受賞。また「ミッドウェスト・クリニック」(2006年および2010年、シカゴ)、世界シ ンフォニック・バンド&アンサンブル協会(WASBE)世界大会(2009年、シンシナティ)等、多くの国際 的な講習会で講師を務め、いずれも高い評価を得ている。

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