株式会社ヤマハミュージックメディアトップ


トップ > 作曲家 > カルル・フィリップ・エマヌエル・バッハ

カルル・フィリップ・エマヌエル・バッハ
Carl Philipp Emanuel Bach

カルル・フィリップ・エマヌエル・バッハ

1714~1788 ドイツ人 バロック後期 作曲家 鍵盤楽器奏者

カルル・フィリップ・エマヌエル・バッハはヨハン・セバスチャン・バッハの次男として生まれ、父から音楽の手ほどきを受けた。ケーテンのラテン語学校とライプチッヒの聖トーマス学校を経て、エマヌエルは1731年からライプチッヒ大学で、34年からフランクフルト大学で法律を学びながら作曲を手がけた。38年からプロイセンの皇太子に仕え、40年に皇太子がフリードリヒ二世として即位してからはベルリン王室教会の楽師長に就任、67年まで27年間、その職を務めた。彼の義務はフルートの名手であった王の伴奏をすることと、宮廷で開かれる月曜と金曜のオペラの夜を除いた毎晩、宮廷の管弦楽団とチェンバロ協奏曲を弾くことであった。しかし王がフルートのみを偏愛することなどに不満がつのり、懇願した結果、やっと67年に辞職が認められ、時を同じくしてハンブルグで没した名付け親のテレマンの仕事を継いだ。ハンブルクでは5つの教会と同市の音楽監督を務め、88年に他界するまでその地で活躍した。彼の作風はバロック後期から古典期への過渡期にあり、ポリフォニーによる多声部音楽に主旋律を明確に打ちだしたものが多い。また、エマヌエルは古典期の感情過多様式の先覚者であり、その作品には譜面からは読み取れない激しい感情が織り込まれている。彼はオペラを除くあらゆる分野に多くの作品を残しているが、高く評価されているのは「ソナタ」など鍵盤楽器曲である。著作には「正しいピアノ奏法」があり、彼は交響曲(ソナタ形式)の発展にも貢献した。


ページの先頭に戻る

このサイトについての情報