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アラム・イリイチ・ハチャトゥリアン
Aram Ilyich Khachaturian

1903~1978 アルメニア人(ロシア) 近・現代 作曲家

ハチャトゥリアンはグルジアのトビリシの製本屋に生まれた。18歳になるまでクラシック音楽とは縁が無かったが、ハチャトゥリアンの家は文化人の家系で、夫人のニナ・マカロヴァも甥のカレン・ハチャトゥリアンも作曲家である。ハチャトゥリアンは1921年にモスクワに出て、19歳からグネシン音楽学校で作曲を学び、その後、モスクワ音楽院に進んでミヤスコフスキーから作曲を学んだ。そして34年の卒業当時に作曲した「交響曲 第1番」がロシア国内で注目をあび、「ピアノ協奏曲」(36年)および、名ヴァイオリン奏者オイストラフに捧げた「ヴァイオリン協奏曲」(40年)の成功で世界的に有名になる。ハチャトゥリアンは民族楽派であり、29年のヴァイオリンとピアノの「歌謡詩」や、32年のピアノ曲「トッカータ」には、すでにアルメニア人としての個性が浮き彫りになっている。第2次世界大戦中に書かれた世界的に有名なバレー音楽「ガイーヌ」(42年)の"剣の舞"では民族音楽が明確に継承されており、彼は同期のロシアの作曲家ショスタコーヴィッチプロコフィエフとは一味違ったアルメニア、グルジア、アゼルバイジャン、ロシア、トルコなどの"民族音楽"と西洋音楽を融合させた強いリズムの情感豊かな作品を書いている。ピアノの生徒のための小品集「少年時代の画集」はハチャトゥリアンの音楽のやさしい凝縮版のようなもので貴重な作品集といえよう。


全3件

# 曲名 レベル 試聴
1 こどものアルバム第1巻 [10] 中級2
ありません
2 こどものアルバム第2巻 [10] 中級2
ありません
3 ソナチネ ハ長調 [3] 上級1
ありません

全3件

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