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エリック・サティ
Erik Satie

1866~1925 フランス人 近・現代 作曲家

サティは20世紀フランスの天才的作曲家で、その作品、および、彼の行動は常軌を逸している。サティは1878年にパリ音楽院に入学したが、保守的なアカデミズムが気に入らず、反アカデミズム、反ロマン主義を貫いて音楽院を退学し、その後はモンマルトルのカフェでピアノを弾いて生計をたてた。その間、サティは読書に没頭し、アンデルセン童話を愛読し、ゴシック建築を研究してピアノ曲「4つのオジーブ(尖弓形)」(86年)を作曲した。また砲兵隊に入隊したが、故意に気管支炎にかかり除隊となる。サティは19世紀のロマンティシズムに訣別し、1890年には調号と小節線を廃止したピアノ曲「3曲のジムノペディ」を書き、ドビュッシーラヴェルに大きな影響を与えた。サティは1905年から3年間、スコラ・カントルムでダンディに師事したが、その頃からピアノ曲「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」(12年)、「乾からびた胎児」(13年)、「スポーツと気晴らし」(14年)などを書き、16年にはジャン・コクトーの台本で、ピカソの装置と衣装によるバレー音楽「パラード」を書いた。「パラード」のオーケストラにはサイレン、飛行機の爆音、タイプライター、ピストル、ダイナモの音などが入っており、前人未踏のオーケストラとなっている。また、サティは彼とコクトーを賛美する"6人組"のミヨー、オネゲル、オーリック、プーランク、デュレ、タイユフェールを庇護し、彼らの音楽を世に紹介することに努めた。サティの音楽はユーモアに富む一方、鋭い風刺と、純粋、且つ、高度に知的な表現でできており、他に類を見ない。


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