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ジャン=フィリップ・ラモー
Jean-Philipp Rameau

ジャン=フィリップ・ラモー

1683~1764 フランス人 バロック後期 作曲家 鍵盤楽器奏者

ラモーはクープランと並んでフランスのバロック期を代表する作曲家/鍵盤楽器奏者である。ラモーはディジョンの教会で42年間オルガン奏者を務めた父からオルガンの手ほどきを受けた。父親は息子が法律家になることを希望したが、ラモーは1701年に18歳で音楽の道に進むことを決めた。そしてイタリアに音楽の勉強に出むいたが、ミラノに数ヵ月滞在しただけで帰国し、翌年にクレルモン=フェランの教会のオルガン奏者の職についた。その後、05年にパリのイエズス教会のオルガン奏者に就任し、06年には有名な「クラヴサン曲集(第1組曲)」を出版した。しかし、パリでは意にかなう仕事につけなかったため、ラモーは08年にディジョンに戻り、父の後を継いでノートルダム大聖堂のオルガン奏者となった。15年からは再びクレルモン=フェランの教会に戻るが、そこでラモーは、16世紀のイタリアの作曲家G.ザリーノらの理論-旋律が和声に先行している作曲技法-を古いと批判し、"先にくるものは和声である"と述べ、古典期の機能和声(ⅠⅣⅤⅠ)の基礎となった「和声論」の執筆に没頭した。22年にラモーはパリに戻り「和声論」を出版し、以後、パリに定住した。27年頃からは富豪の貴族ププリニエールの庇護を受け、フランス・オペラの作曲にはげみ、「イポリトとアリシー」(33年初演)を初め、約30曲のフランス・オペラを書いた。オペラ・バレー「優雅なインド」(35年初演)はラモーの代表作の1つであり、オペラ「カストルとボルクス」(37年初演)でラモーの名声は高まり、「ダルダニュス」(39年初演)で宮廷音楽師としての称号を与えられた。その後もラモーはヴェルサイユ宮廷のために多くのオペラを書き、名声をゆるぎないものにした。ラモーの「和声論」(1722年出版)は音楽史上、重要な文献として注目されている。作品にはオペラの他に、室内楽、鍵盤楽器曲、モテット、カンタータなどがあり、鍵盤楽器用の標題音楽「タンブラン(太鼓)」や、「めんどり」は今日でも名曲として弾かれている。


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# 曲名 レベル 試聴
1 ロンドによるメヌエット ハ長調 初級2
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2 メヌエット イ短調 初級2
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3 よろこび(ロンド) 中級1
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4 タンブラン 中級2
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5 めんどり 上級2
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6 鳥のさえずり 上級2
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7 キュクロプス 上級2
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8 エジプトの女 上級2
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