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シューマン(SCHUMANN, Robert)

生年月日:

1810/06/08

没年月日:

1856/07/29

享年(満年齢):

46歳

出身地:

ドイツ

性別:

星座:

ふたご座

音楽様式:

ロマン派(19世紀〜20世紀初頭)

「ロマン派」とは、「古典主義」への反動として形式にとらわれない様式です。個人の感情や考え、夢や憧れなどを自由に表現しようとした標題音楽が人気となり、多くの小品が作曲されました。一方で、標題も歌詞ももたず純粋な器楽曲として発想された作品こそが最高であるという「絶対音楽」を唱える人たちも現れました。また、革命と戦争の時代であった19世紀は、それぞれの国における固有の民族性に価値が見出されるようになり、作品に自分の生まれた地域に伝わる地方色を取り入れた、芸術性の高い作品を作る「国民主義」の流れも生まれました。この時代には多くの作曲家が現れましたが、器楽の優れた演奏家が現れ、高度な演奏技巧を披露するためのヴィルトゥオーソ的な楽曲も多数作られました。それに加え楽譜印刷も一般化されたことから、作曲家と演奏家の分業がすすみました。
(参考書籍:大人の音楽史入門よくわかる!西洋音楽史やさしく読める作曲家の物語

シューマン SCHUMANN, Robert 年表

シューマン(SCHUMANN, Robert)の人物像

シューマンはショパンと同じ年の1810年にドイツのザクセン地方のツヴィッカウに生まれた。

両親は、父が自ら著述もする書籍商で、母は外科医の家庭に生まれた豊かな教養の持ち主で、シューマンは7歳の頃からピアノを習い、12歳の頃にはピアノ曲、合唱曲、管弦楽曲などを作曲していた。

父の死後、母は1826年にシューマンをライプチッヒ大学に入れて法律の勉強をさせたが、シューマンは法律より哲学に興味があり、カントやシェリングを研究し、文学に熱中する青年だった。

29年にシューマンはハイデルベルク大学に移ったが、そこでも彼は法律の勉強よりピアノの練習にはげみ、後に彼のピアノ曲「蝶々 Op.2」に使われるシューベルト風のワルツを作曲した。

そして、30年にパガニーニの演奏を聴いたシューマンは音楽を生涯の仕事に選んで、同年の秋、ライプチヒに戻り、後に妻になるクララの父親でピアノ教師であるヴィークに師事した。

しかし、無理な練習でシューマンは右手を痛め、以後、作曲に力を注ぐことになった。

シューマンは宗教曲を除くすべてのジャンルに多大な数の作品を書いており、また指揮者や評論家としても活躍したが、晩年は精神病が高じてボン郊外の精神病院で他界した。

シューマンのピアノ曲は、大きな3曲の「ソナタ」の他は、「子供の情景」(38年)、「謝肉祭」(35年)などのように、殆どが"文学的標題つきの連作"の形をとっており、彼の文学や詩からの影響による深い思考が作品の原点になっている。

(出典:ピアノレパートリーガイド

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